爬虫類はいかが? (動画あり) [爬虫ハチュ倶楽部]
爬虫類はいかが?
ハチュ特集・第1弾 カメ、トカゲ(衝撃動画あり)
ソネフォト時代、
爬虫類を愛する人や興味のあるみなさんが立ち上げた「爬虫ハチュ倶楽部」。
テーマがテーマだけにマイナーなところがありますが、
写真の達人が揃った、知る人ぞ知る(知らない人は知らない)
ユニークな倶楽部としてソネブロに受け継がれております。
不肖私も、生誕の干支が爬虫類に関係している(巳か竜)こともあって、
ほんとは怖いのですが、嫌いではありません(微妙)。
当ブログの<時計仕掛け>とは<なんでもあり>の代名詞。
そこで今回、この春に撮り貯めた動画や写真の中から、
爬虫類だけの特集を2回連続でご覧頂くことにしました
(特集って言ったって、たいしたことはありませんが)。
今回は、発表に当たって随分躊躇したショッキングな動画も掲出します。
ということで、次の写真の下から爬虫類の写真が始まります。
まずはおとなしくカメさんあたりから。
ヘビは次回に回しますから今回は出演しませんが、、
それでもパスの方は、どうぞこのままお引取りくださいますように。
●コサギ 涼しい顔してますが、なかなかのワルなのです。
●それではハチュの始まりです。
昔からの日本のクサガメではないかと思うのですが…
水ごけを食べています。
外来のミドリがメ。縁日で買われて、飼われて、大きくなったので捨てられて・・・
撮った本人も、あとで何を撮ったか分からなかったほどの擬似カラー
スッポンかな。首を最大限に伸ばして急ぐさまは滑稽です。
ナガクビガメという種もあるみたいなんですが…
←これこそスッポン、ですよね。
20センチ以上もある大ガメ。外来種に違いないが名前がわからない。この不敵な面構え。
●次はトカゲです。そろそろ抜けますか?
バラ科、キイチゴ(モミジイチゴ) ちょっとトロ味があって、うす甘い。
トカゲの幼生
背中が痒いのか、左手を背中に回しています。
おとなのトカゲ 尻尾が切れているのは修羅場をくぐった証拠の勲章みたいなもの。
こちらはカナヘビ
ヘビじゃないけど、どうどうたるもんでしょ。
■メイン展示/「トカゲの幼生を襲うコサギ」
この動画を掲出することについては随分悩みました。
けれども、これも自然界の日常なのだと思うことで、公開することにしました。
コサギが小魚を獲って食べる様子は何回か見ていますが、これはショックでした。
川岸の岩の上で、逃げようとするトカゲの幼生を目ざとく見つけたコサギ。
すかさずアタック! みごとに捕まえました。
が、魚とちがって四っ足があるから、簡単には飲み込めません。
何度も水中に落としますが、絶対に取り逃がさずに捕まえる反射神経のすごさ。
泳げないトカゲにとっては、何回も水中に落ち、くちばしで締め付けられ、二重の苦痛。
最後の手段の尻尾切りも効果はありませんでした。
何の罪もない者が当然のように抹殺されるこの残酷さは、
自然の摂理とはいえ、かわいそうで悲しいものでした。
動画 by sig
■お口直しのサービスフォトです。
●ツマグロヒョウモン ●キリギリスの赤ちゃん
◎次回、ハチュ特集・第二弾の主役は ヘビ。
衝撃的ながらもちょっとなごめる動画も見ていただきます。
泰山鳴動して、ホタル四匹。 [昭和-平成、往ったり来たり]
昭和-平成、往ったり来たり
泰山鳴動して、ホタル四匹。
ホタルを「昭和」の象徴にしてはならない。
●この丘の頂上にある遊園地で、ホタルを見る会が開かれた。
●情緒があるのはこちらの曲
ホタルの季節がやってきました。
この時期になるとホタルを見たくなります。
でも、都会ではなかなか見ることができません。
最近では郊外にわずかに残された里山でホタルを増やす活動が続けられているようです。
私の地元でも、あちこちで少しずつ成果を上げているようですが、
一度失ってしまったものはなかなか元には戻りません。
そんな中、近くの丘の上にある遊園地で「ほたる鑑賞会」が催されました。
数年前から入場無料で行われている行事で、去年、はじめて出かけて見ました。
今年もこれから、自然公園で、里山の自然園で、
あるいは旅館やホテルの庭園で、
あちこちで、同様の催しが行われるでしょう。
本格的なホタルシーズンを迎える前に、昨年の様子をご紹介します。
この日は7月4日。「ほたる鑑賞会」の最終日でした。
会場に着いたのは午後7時半。9時終了までの様子です。
山頂まで、石段を登ること10分。
駐車場の車の多さにビックリ! もちろん電車で来た人たちもいるんです。
大盛況です。待ち時間は45分とか。
鑑賞は到着順に番号札を渡されていて、2~30名がほぼ20分程度の間隔で出発。
溜まり場は縁日のような雰囲気で、長い時間待ちを退屈させません。
子供たちに人気のカブトムシ釣り。大きなクワガタがかかったようです。
ようやく順番が回ってきました。
期待を込めて出発です。
「お待たせいたしましたぁ~」
「ママ、ホタルってこわくない?」
係員「懐中電灯、フラッシュ、ケータイ画面は、
ホタルがビックリしますからご使用にならないでくださ~い」
「おじさん、見えますか?」
「いや、さっぱり。アレじゃないかと思うんだけど…」
「あれは、雨つゆじゃないですか」「ホタルに見えないこともないなあ」
「あ、飛んだ。いたよ、ホタル」「お~~!!」(感動の声)
「ほら、草の根もとのアレ、そうじゃない?」「お~~!!」
まるで宝探しのようなホタル鑑賞会です。
で、結局20分ほどのコースで見たのは、草の根元の二つの光と、
紛れもなく飛んでいた二つの光だけでした。
大騒ぎの果ての4つの光。
でも、誰も文句は言いません。
それは、入場無料だから。
そして、この遊園地の担当者が、誠心誠意、
ホタルの復活に情熱を注いでいることが、みんなに伝わっているから。
ホタルがこのように飛ぶのは、いつの日のことでしょう。
七夕まつりももうすぐです。
今年はもっとたくさんのホタルが見られるのではないでしょうか。
私たち世代は子供の頃に、この時期たくさんのホタルを見て過ごしました。
ホタルが登場する日本映画も数多く作られています。
最近では、「FLOWERS フラワーズ」(2010)。
昭和初期から現代に至るある女系家族6人の生き方が描かれる中で、
うっとりするようなすばらしいホタルの乱舞シーンが印象的でした。
今の子供たちはホタルを知らずに育ったのに、ホタルを見たがります。
それは、親がホタルを見せたいからに他なりません。
遠くからも、近くからもこれだけの人を集めるホタルの魅力……すごいものですね。
カワニナが棲めるきれいな小川と、ホタルが憩える草むらを、
人々はみんな奪ってきました。
大切なものは失って初めて気付く、と言われますが、
清流のそばにしか棲めないホタルも、その例外ではないでしょう。
今のホタルは、懐かしい昭和の象徴なのかも知れません。
けれどもこの時期、
あちこちで点滅し飛び交う優雅な姿をみんなに見てほしい。
そういちばん願っているのは、ホタル自身ではないでしょうか。
ホタルを決して昭和の思い出にしてしまってはいけないのです。
◎次回からは2回連続で爬虫類の仲間が登場します。
とりあえずはカメ、トカゲの仲間あたりから。
梅雨のなごりに ② [日々雑感、あんなこんな]
梅雨のなごりに ② 写真はクリックで拡大できます。
●ウズアジサイ ●クレナイ (ガクアジサイ)
●アジサイ
爽やかだった今年の梅雨。
でも、それも間もなくおしまい。
梅雨が明ければ、ギラギラ太陽。
日本の真夏は熱帯同様。
梅雨の名残を惜しんだあとは、
猛暑の時期に備えましょう。
●シモツケ
●アナベル
●ガクアジサイ
●ストケシア
●ガクアジサイ
●ロイヤルブルー 中央に誰かさんが・・・
●ブルーダイアモンド
●ウズアジサイ
●ウズアジサイ
●ウズアジサイ
■以上、「昭和館」の庭にて
◎去年あって、今年は無い花
●ブラシツリー ●マツムシソウ
●ユリ ●ツボサンゴ
●キキョウ ●ネジバナ
梅雨のなごりに ① [日々雑感、あんなこんな]
日々雑感 あんなこんな
梅雨のなごりに ① ※写真をクリックするとクリアに拡大します
●下からのぞいたホタルブクロ
今年の梅雨は、早すぎる台風の発生もあって、
去年より雨が多く、梅雨らしい気がします。
けれども梅雨は
大震災被災地の復旧活動を遅らせているばかりでなく、
新たに豪雨の被害をもたらしたところもあり、
安穏と季節の移ろいを楽しんでばかりもいられません。
せめていちばん身近な目の前にある花でも眺めて、
梅雨明けを待つことにしたいと思います。
「昭和館」の庭から、
初夏の色合いをお届けします。
●ホタルブクロ
●マツモトセンノウ
●アジサイ ●ヒメシャラ
●カシワバアジサイ
●アジサイ
●トサミズキの葉の上の雨滴
恋文横丁、いまいずこ。 [昭和-平成、往ったり来たり]
昭和-平成 往ったり来たり
恋文横丁、いまいずこ。(増補版)
●渋谷駅周辺 古い高架線やガードは昭和への郷愁を呼び起こす。
●おなじみ渋谷駅ハチ公口 上下とも
渋谷に、恋文横丁と呼ばれた一角があった。
ケータイの時代に恋文とは、いかにも時代がかっているが、
その通り、これは60年も昔の話である。
戦後の焼け跡に中国から引揚げてきた人たちが住みはじめ、
中華料理や雑多な物資を扱うバラック(あばら家)に混じって、
そこだけ密やかな感じでラブレターの代書屋が軒を並べていたのだそうな。
1950年。
朝鮮戦争で日本に配属された駐留軍のアメリカ兵は、
異国の香りといっしょに、自由を運んできた。
自由に憧れた女性は、開放的なアメリカ兵に憧れた。
●朝鮮戦争による特需で、日本の経済は大いに潤ったのだった
●立川にて ●銀座にて
けれども、英語ができない。
思いを伝えるために自然発生したのが、ラブレターの代書屋。
食うや食わずの学生や文士の卵などが彼女らのメッセージを英語で代書し、
彼女らが受け取った手紙を、日本語に訳して伝えた。
●渋谷「恋文横丁」 飲み屋や食堂の奥に恋文の代書屋が集まっていた
1953年7月、朝鮮戦争停戦。
彼らが母国に帰るときがやってきた。
彼女らには辛い別れが待っていた。
いっしょに渡米して幸せを掴んだ女性は、おそらくほんのひと握り。
多くは日本で、混血児を抱えた未婚の母となった。
恋文横丁は丹羽文雄の「恋文」によって、有名になった。
1960年代後半から70年代後半にかけて、
渋谷は、東急本店、西武、パルコ1・2・3と大型店舗林立の時代を迎えるが、
当時、同業という仕事の立場上、必ず偵察に出かけた。
ついでに、いつも恋文横丁を歩いた。
文化村通りから道玄坂へ100m足らずで抜けられる小路はそのまま残っていたが、
それらしき代書屋などあるはずは無く、
とは言え、どこかに恋文横丁の匂いを留めていた。
●戦後 道玄坂の入口
●右手・文化村通り 左手・道玄坂への分岐点にある「109」 上の写真とほぼ同じ場所
●文化村通り側「109」が切れたところにある「恋文横丁」跡
●現在はこの標識だけで入り口は閉ざされ、先は行き止まり 2011.6.10撮影
●赤丸が恋文横丁があった場所 クリックで拡大 地図はアルプス社
渋谷駅のハチ公口を出て、文化村通りがはじまるところ。
誰でも知っている「シブヤ109」の裏手に今でも恋文横丁の痕跡がある。
ただし、チェーンで閉鎖されているし、
通路に見える部分も数メートル先で行き止まり。
通り抜けることはできない。
時間がそこで止まっている。
いわば第二期戦争未亡人ともいえる彼女たちは、今、80代を迎えている。
その人生とは……。
●当時流行っていたダイナ・ショアの「青いカナリア」
聞き終わったあとの画面で、雪村いずみの「青いカナリア」も選べます。
●神泉駅の踏切と信号機 渋谷のあちこちに「昭和」が息づいているのは、うれしい。
◎参考文献/資料写真
・1億人の昭和史⑤ 毎日新聞社
・昭和史全記録 毎日新聞社
・戦後50年 毎日新聞社
・江戸東京学辞典 三省堂